写真は力持ちだ、その②
2026年10月02日 03:15
写真は、力持ちだ。その②
何度も伝えたい気持ちだから、何度も書きます。
スマートフォンの写真を整理するつもりが、いつの間にか、ずいぶん前の写真を見ている。
消す写真を探していたはずなのに、ちっとも進まない。
そんなこと、ありませんか。
子どもの口のまわりに、ごはんがついている。
お父さんは目をつぶっている。
誰かの顔が、半分しか写っていない。
撮ったときは「もう一枚」と思った写真なのに、今見ると、なぜだか消せない。
その写真を眺めていると、写っていないことまで思い出すから。
この頃は、食べるより床に落とすほうが多かったな。
お父さんは写真のたびに目をつぶるから、みんなで笑ったな。
このあと、何を食べに行ったんだっけ。
写真を一枚見ただけなのに、その日の続きまで戻ってくる。
整理は、また今度になりそうです。
写真に写るのは、ほんの一瞬です。
でも、見返したときに思い出すのは、その一瞬だけではありません。
抱っこしていた腕の重さ。
隣に座った人の笑い方。
こちらを呼ぶ声。
写真には音がないのに、声まで思い出すことがある。
そこにいた人たちと、自分が過ごした時間が、少しずつよみがえってくる。
Photo Studio Rinが残したいのは、そういう写真です。
光や構図を整えることも、きれいに写すことも、私たちの大切な仕事です。
そのうえで、いつか見返した人が、
「ああ、うちの家族だ」
と思える一枚を残したい。
みんながカメラを見ている写真も。
子どもを見ていて、お母さんだけ横を向いている写真も。
おじいちゃんの隣で、犬がくつろいでいる写真も。
その家族が、そこで一緒に過ごしていたことを残したいのです。
家族写真を撮る理由には、いろいろあります。
赤ちゃんが生まれたから。
七五三を迎えたから。
成人したから。
久しぶりに、みんなが帰ってきたから。
けれど、何の記念日でもない家族の姿も、残していいと思うのです。
子どもがいつもの服を着ている。
両親が、いつものように隣にいる。
愛犬も一緒にいる。
今日は、みんなが揃っている。
それだけでも、十分です。
普段、一緒にいるときには気づかないことがあります。
子どもがお父さんの背を追い越したこと。
お母さんの髪に、白いものが増えたこと。
以前は子どもを抱いていた腕に、今は孫がいること。
家族の変化は、大きな出来事の日だけに起きるわけではありません。
何でもない日を重ねながら、少しずつ形を変えていきます。
写真を見返して、初めて気づく変化もあるのでしょう。
撮影したばかりの写真を見るときは、こんなところが気になります。
きれいに写っているかな。
ちゃんと笑えているかな。
髪が、少しはねていたな。
けれど、何年か経って同じ写真を見ると、目に留まるものが変わることがあります。
肩に添えられた手。
誰かを見る、やわらかな目元。
自分たちの間に座っていた、あの頃の子ども。
「あ、この服、よく着ていた」
そんな小さなことから、その頃の暮らしを思い出す。
撮った日にうれしかった写真が、あとになって、別の意味を持つことがある。
その写真に写っている人に、会えなくなったあとにも。
大切な人の写真を、何度も見返す日があるかもしれません。
まだ見ることができなくて、そっとしまっておく時間もあるかもしれません。
同じ一枚でも、受け取る気持ちは、その日によって違うのだと思います。
写真があっても、会いたい気持ちはなくならない。
さみしさが、すべて消えるわけでもない。
それでも、ふと開いた写真の中に、その人のいつもの表情を見つけることがあります。
笑うときの、目の細まり方。
家族の肩に置いた手。
少し照れた顔。
それを見て、
「そうそう、こんなふうに笑っていた」
と思える。
ほんの少し、その人を近くに感じられる。
写真には、もう会えない人に、記憶の中でもう一度会わせてくれる力があるのだと思います。
写真は、力持ちだ。
紙一枚なのに。
手のひらの画面に収まるほど、小さいのに。
落ち込んだ日に、思いがけず笑わせてくれることがある。
ひとりで過ごす夜に、家族の気配を届けてくれることがある。
昔の写真に写った誰かのまなざしから、自分が大切にされていたことを受け取ることもある。
撮ったときには、そこまで考えていなかった一枚が、ずっと先の自分を支えてくれる。
写真を残すことは、未来の家族へ何かを手渡すことでもあるのでしょう。
いつ開くかは、まだわからない。
どんな気持ちで見るかも、わからない。
それでも、そこに家族が一緒にいた時間を、置いておくことができる。
Rinは、赤ちゃんの誕生も、子どもの成長も、大人になった家族の姿も、残していきたいと考えています。
年齢を重ねた両親と過ごす時間。
病気と付き合いながら、一緒にいられる時間。
ペットも含めて、いつもの顔ぶれで集まる時間。
それぞれの家族に、それぞれの事情があり、その人たちだけの関係があります。
私たちは、その家族のペースで、今日の姿を残したい。
写真を撮るのではない。家族の時間を残す。
それが、Rinの写真への思いです。
家族が揃っているなら、写真を撮ろう。
特別な日じゃなくていい。
今日の家族を。
「うちの家族。」を。
いつか見返したとき、写真の中のお父さんがまた目をつぶっていて、みんなで笑うかもしれない。
そんな一枚も、残しておきたいのです。