母になった日。おばあちゃんの前では、私はまだ孫だった。
2026年10月02日 04:47
母になった日。おばあちゃんの前では、私はまだ孫だった。
娘を産んで、退院した日。
私が真っ先に会いに行ったのは、
おばあちゃんでした。
こんにちは。
Photo Studio RinのMAYUMIです。
私は、おばあちゃん子でした。
その頃のおばあちゃんは、寝たきりで、
外へ出かけることは難しくなっていました。
妊娠中も、ずっと私の体を心配してくれていました。
だから、会ってほしかった。
無事に生まれたよ。
私も大丈夫だよ。
そして、
おばあちゃん、ひ孫だよ。
生まれたばかりのりんを連れて、
おばあちゃんのところへ行きました。
おばあちゃんの腕と、りん
おばあちゃんの腕は、
昔より、ずっと細くなっていました。
その腕で、りんを抱いてくれました。
落とさないように。
大切に。
細い腕に、力が入っていました。
「小さいね」
「かわいいね」
りんを見ている目に、
涙がありました。
「よく頑張ったね」
「家族が増えたね」
「よかったね」
短い言葉ばかりです。
でも、今も覚えています。
りんを喜んでくれている。
私のことも、心配してくれている。
おばあちゃんの腕の中に娘がいて、
その娘を連れてきた私も、
おばあちゃんに気にかけてもらっていました。
よしよし、と
そして、おばあちゃんは、
私の頭を撫でてくれました。
よしよし、と。
私は、母親になったばかりでした。
これからは、この子を守る。
抱っこする。
大丈夫だよ、と伝える。
そちら側に立ったつもりでいました。
でも。
おばあちゃんの手が、私の頭にありました。
母親になった私を、
おばあちゃんが撫でている。
ああ。
私は、まだ孫なんだ。
娘を産んでも。
娘を抱いていても。
おばあちゃんから見れば、
私も、いたわってあげたい孫なんだ。
りんを会わせに行った日でした。
でも、会ってもらったのは、
りんだけではなかったんですね。
出産を終えた私も、
おばあちゃんに会ってもらっていました。
写真の中に、腕がある
あの日の写真が、残っています。
りんを抱いている、
おばあちゃんの写真です。
見ると、腕に目がいきます。
細くなっていた腕。
その腕で、
しっかり、りんを抱いてくれたこと。
りんを見つめていた目。
そして、写真を見ているうちに、
写っているものの外まで思い出します。
「小さいね」
「かわいいね」
私の頭を撫でてくれた、
あの手のことも。
写真に声は入っていないのに、
言葉を思い出す。
写真に触れても、
おばあちゃんの手に触れられるわけではないのに、
撫でてもらったことを思い出す。
一枚の写真から、
こんなに戻ってくるものがあるんだと思います。
おばあちゃんは、写真館には来られなかった
この写真を残したのは、
スタジオではありません。
おばあちゃんがいる場所です。
外へ出ることは難しかった。
でも、りんを抱いてもらうことはできました。
私の頭を撫でてもらうこともできました。
一緒にいる時間は、
ちゃんと、そこにありました。
家族写真を撮ろうと思ったとき、
みんなが出かけられるとは限りません。
着替えて。
車に乗って。
写真館まで来て。
それが難しいご家族もいます。
会いたい人は、そこにいる。
一緒に写りたい人も、そこにいる。
だったら、私たちが会いに行けばいい。
「うちの家族。」の自宅出張撮影を考えるとき、
私は、おばあちゃんのことを思います。
写真を撮るために来てもらう。
それと同じように、
会いに行って、写真を残すこともできる。
あの日の私には、
その残し方がありました。
いつか、娘に話すこと
りんが大きくなったら、
この写真を見ながら話したいです。
ひいおばあちゃんだよ。
あなたを抱いて、
「小さいね」
「かわいいね」って言ってくれたんだよ。
あなたが生まれて、
とても喜んでくれたんだよ。
りんは、覚えていないと思います。
でも、写真があるから、
一緒に見ながら話せます。
自分を抱いてくれた人がいたこと。
こんな目で、見てくれた人がいたこと。
そのことを、娘に渡せます。
そして、もう一つ。
お母さんもね、
この日、おばあちゃんに頭を撫でてもらったんだよ。
あなたのお母さんになったばかりの私は、
おばあちゃんの前では、まだ孫だったんだよ。
写真を撮るのではない。家族の時間を残す。
Rinが考える「うちの家族。」では、スタジオでの撮影と、ご家族のいる場所へ伺う出張撮影を大切にしています。
自宅や実家などで、一緒に写真を残したい方がいるときは、公式LINEからお聞かせください。ご本人の体調や、その場所での撮影の可否を確認しながら、残せる形を一緒に考えていきます。